うつと症状と仕事と失職と入院と投薬と年金と

うつおじさんなんてタイトルにつけているのにまったくうつ関連の記事を書いていない事に気がついたので少々自分語りをしたいと思っています。

今も前も正直自分がうつだという自覚はまったくありません。下痢や不眠が続いた以外は死にたい衝動があったり気持ちが常時へこんでいるといった自覚はほとんどありませんでしたが専門医が見るとそうではなかったようです。

そんな自覚がないままうつ発症→休職→退職→無職→\(^o^)/の流れの自分語りです。

うつおじさんのうつの歴史

初期症状は下痢

2015年の8月頃から慢性的に下痢が続くようになったのが最初の症状です。

内科に行くととりあえず整腸剤を処方されしばらく様子見ということに。

しかし処方された2週間分を飲みきっても症状はまったく治まらず大腸検査をすることに。可能性は低いけど念のためガン等が無いか確かめようとのことでした。

だがそこでも何も見つからず、精神的なものかもしれないとの事でまた整腸剤を処方されしばらく様子見に。

その後も下痢と腹痛は改善されませんでしたが、まあ動けないほどでもないしいいかとしばらくほったらかしにしていると今度は元々不眠気味ではあったのですがそれがひどくなり寝る事もできなくることに。

11月頃耐え切れず病院に行くと心療内科を紹介され紹介状を持って受診することに。

なんどかカウンセリングや投薬を受けて12月に出された診断は「うつ病」でした。

そして休職へ

しばらく仕事は休職しなさいというお医者さんからドクターストップが出され診断書を書いてもらい会社に提出して2015年クリスマス前に休職する事に。

休職に入って最初の3ヶ月程は毎日ごろごろして何かしたくなったらすると言う生活をしていました。

でも寒い季節だったこともあって父親に誘われて行った釣りに出かけた以外ほとんど何もしませんでした。

2016年春になる頃、下痢は収まりつつありましたが不眠がどんどんひどくなります。

抗うつ剤の他に睡眠薬もずっと処方されていたのですが効かなくて薬を変えるといったことを通院の度に繰り返していました。

たしかこの頃処方されていた抗うつ剤は「リフレックス」と「エビリファイ」で睡眠薬はころころ変わりすぎで忘れました。

そんなこんなで入院して投薬と生活リズム改善しようとの事で大阪郊外の大学病院に入院する事に。

入院中は携帯電話も使用できず外出も医師の許可がないとできず、それも16時以降は一切ダメといった生活でした。

ただ皆さんが精神病棟で想像するような監獄みたいな所ではなかったですよ。(私が入院してた病室の奥にそれに近いような一角はありましたが)

テレビは自由に見れますが外界とほとんど接触しないで規則正しい生活を送ることになります。

が、寝れない症状がやっぱり改善せずここでも色々なお薬やカウンセリングを受けますが大して改善せず。

そんなことをしてる間にとりあえずの最大入院期間三ヶ月が過ぎ一度退院することになりました。

退院から数日後、府民共済保険の入院保証で14500円×入院日数=100万円ほど入ってきたことにウハウハの嫁からもっと入院しとけと言われてガチへこみするうつおじさんでした。

生活する分は傷病手当で十分賄えてるはずなんですがね・・・

なんにせよ初めて入院保険のお世話になって保険は大事だなと思いました。

なお一番最初の記事の自己紹介にも書きましたがこの入院期間の間にこの頃やっていたアフィリエイトサイトはすべてドメインもレンタルサーバーも料金未払いで消えています。

アフィリエイト暦やスペック等プロフィール
はじめまして、うつおじさんと申します。 病気で職を失ってから毎日時間がありあまる日々を送る中でアフィリエイトをやってみようと言う気持ちが高まり7月頭から始めました。 数年前までアフィリエイトをやっていたのですが後述の理由で辞める...

そして退職へ・・・

そんな感じで退院後も不眠の部分は大して改善せぬまま休職から丁度1年がたつ2016年年末へ。

会社の最大休職可能期間が1年ということで無事退社となりました\(^o^)/

失業したということで雇用保険貰えるかな?と思い調べてみたところ今すぐ働ける状態の人じゃないともらえないとの事でもらう為にはお医者さんのGOサインの診断書が必要だとのこと。

診断書もらえませんでした

そういうわけで雇用保険受給は断念!

そしてごろごろしながら暖かくなってきたころ再度入院することに。

まぁ内容は前回の入院とほぼ同じです。外界と遮断された空間でひたすら餌を食って子供にあいてえなあ・・・と涙を流す日々でした。

なお嫁はまたウハウハしてました。

このとき同室だった20代のうつBOYに入れ知恵され傷害年金というモノを知りこっそりと動き出すうつおじさんであった。

障害年金の手続きはめんどくさい

入院中、今後の生活とか色んな手続きのアドバイスをしてくれる方から障害年金の要件について尋ねたところ、やったらと社労士を勧められオススメ?の社労士の名刺を渡されたりしましたがそういう事されると意地でも依頼したくなくなる天邪鬼なおじさんは退院後自分で申請することに。

だってあれ結構高いんですよ?それに成功報酬として受給月額の○○%とかって料金提示しているところが多いのですが、成功報酬って何?社労士の力で不受給が受給になったり等級があがったりすんの??と思うわけです。誰が書類書こうが病気は変わらないのにそんなの健全じゃないだろと思ったわけです。

まあ実際はそういうことがあるそうですが。

そうして自分で書類を集めて申請したわけですが細かい手続きの方法はググれば細かく書いてあるサイトがいっぱい出てくるので省略しますがたしかに書く書類が多いだけでは無く、何度も年金事務所に足を運ぶ必要があったりとわりと大変でした。

もちろん年金事務所提出用に医師の診断書も出さないといけないのですがこれも年金事務所提出用の様式があってそれに記入してもらわなくてはなりません。

なお私の担当医がその様式の必須事項を記入漏れしたせいで提出が一ヶ月遅れた模様。

そんなこんなで書類提出から2ヶ月後あたりで厚生年金の3級の年金証書が届きました。

3級なので大した金額はもらえませんが2ヶ月に一回10万円ほどもらっています。

やたらと社労士が不受給になったときの再申請のめんどくささや等級アップに実績ありとかうたっていますが自分でできますよ。

よっぽどひどい症状の方はまた話が違うのかもしれませんが、代筆可能な家族に書いてもらえばなんの問題もないと思います。

それに症状以上の等級もらってもなんか気持ち的に嫌ですしね。

子供の保育園用に障害手帳申請

そんな感じでうつニートとなり専業主夫状態になった2018年、下の子が保育園に通うことになります。

通い始めて3ヶ月目に入る直前、このままでは入園希望人数の関係で下の子が退園しないといけなくなると区役所から連絡が。

嫁は夫の職業を求職中で区役所に申請していた為、このままでは点数が他の家庭より低くなってしまうとの事。

区役所の方と相談していると

職員「そういえばお父さん障害年金受給されてましたよね。」

私「ええ」

職員「障害手帳は?」

私「もらってないし申請もしてないッス」

職員「手帳取ったら点数たぶん余裕っすよ」

私「まじか!でも手帳発行まで数ヶ月かかるらしいけど期限間に合わないんじゃ・・・」

職員「手帳申請中という事で話通しておくんでそれは大丈夫です」

私「うちの区の職員は有能やね」

そんな感じで今までメリットを感じなかったので申請していなかった手帳を申請する事に。

6月の真ん中あたりに申請したのですが今これ書いてる時点ではまだ手帳は発行されていません。ですが保育園は無事継続して通わせれることになりました。

まぁ私がある意味裏技的なことをしたせいで一人通えなくなったと思うと複雑ではありますが最初から取っておけばこういう会話もなかったので気にしないことにします。

現在の症状

冒頭でも書いたとおり、まったくうつの自覚症状が無くまだ不眠や下痢と便秘をたまに繰り返したりしてはいますがわりと元気です。

通院は月に一回で抗うつ剤はほとんど飲んでいません。睡眠薬系は飲んでいます。

正直自分は本当にうつ病だったのか?と今でもずっと思っています。ほんとうつ病の代表的な自覚症状無いんですもん・・・

まあ色々人生狂わされましたがまだ小さな子供二人もいるので気楽に前向きに生きていきたいと思っています。

とりあえず早くアフィリエイトで最低受取金額を超える目標を達成してその金で家族でうまいもん食いに行きたいと思います。

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コメント

  1. さくっちょ より:

    こんにちは。
    うつと診断されてからの流れなどがわかりやすく書かれていました。
    自覚がまったくないのに「うつ」と診断されるものなんですね。
    周りに「うつ」の人が多いのに、あまり理解してないと気づきました。
    少し、調べてみようと思います。

    • うつおじさん より:

      コメントありがとうございます。このブログ初めてのコメントで励みになります!
      そうですねまったく自分自身死にたいとかそういう感情があったわけでも無く当時の仕事も大変ではありましたが別にストレスになっているとは感じた事もありませんでしたので寝耳に水でした。
      ただやはりお医者さんや周りの家族や会社の人間から見ると何か様子がおかしく見えていたようです。